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裁判員制度開始まで、あと21ヶ月!(平成19年7月31日現在)
中野区白門会では、平成17年度に「裁判員制度 もしあなたが指名されたら」という
テーマで講演会を開催しました。
裁判員制度開始までもうわずかとなりましたが、会員の皆様の中には、もし
「自分が裁判員に選ばれたらどうしよう」と考えられている方もおいでになると思います。
そこで、少しでも皆様の参考になればと考え、当時の講演会内容を当ホームページに
掲載いたしました。
(掲載については、講師の北村先生にご了承を頂いております)
2005年度 中央大学学術講演会 (中央大学主催、中野区白門会共催、中野区後援) 「裁判員制度 もしあなたが指名されたら?」 講師 中央大学副学長 北村 敬子先生 2005年6月18日(土)午後3時〜 中野サンプラザ 15階 アクアルームにて |
| 皆さんこんにちは。ただいまご紹介にあずかりましたけれども、私は中央大学の商学部で会計学を教えております。 専門は法律ではないのです。ところが今日は、この裁判員制度についてお話させていただこうと思いましたのは、ご出席の皆さんにとってやはり会計学というか、会計というのにはあまり興味を持っていらっしゃる方が少ないかな、例えば企業に勤めていらっしゃったりという風になりますと、興味を持って頂けるのですけれど、あまり興味をいらっしゃらないことについて、専門ですから非常にくどくなりますので、やはり専門でないところで多少自分が関わったということで、この裁判員制度についてお話させて頂きたいと思います。 私はあまり話すのが得意ではなく、いつも学術講演会は自分から積極的に申し出たことはないのです。 大学のほうからも「話せるテーマをいくつか出せ」といわれるのですが、「話すテーマはない」と言う事で全然出していなかったのです。けれど、この中野区白門会の支部長の佐藤先生が、大学評議委員会が始まる前に「20分位話してくれないか」とおっしゃって「まあそれ位ならいいかな」と思い、お引き受けしたのですけれど、なんと1時間程度話ということで、大学の方で「北村先生に学術講演会の話がきていますけれども、先生大丈夫ですか?」と言われてしまいました。 今日は満足に話せるかどうかわかりませんけれど、出来るだけ自分の体験に基づいたところでお話させて頂きたいと思っております。 それではこの裁判員制度というものが、どうして導入されたかという事ですが、これは司法制度改革審議会の決定によるものです。 その司法制度改革審議会の第1回が平成11年7月27日、この日私は生まれて初めて首相官邸に行きました。 首相官邸に行ってみますと、黒塗りの車がいっぱいありました。その時の総理大臣は小渕さんだったのです。小渕さんの出席とご挨拶を頂いて、それから会議が始まったのです。 首相官邸でお昼が出ますということで、私は「お昼」という言葉につられ、どういうお昼が出るのかすごく関心がありました。 総理大臣がたべるお昼なのだから、きっと我々が食べるお昼とは違うだろうという事で行ったのです。サンドイッチが出ました。 なんと総理大臣が食べる量は、我々一般国民が食べる量の2倍位ありまして、山盛り出てきました。誰1人として全部食べた方はいらっしゃいませんでした。その位多くのサンドイッチが出てきまして、それが大きなお皿に山盛りに出てくる。それが1人分なのです。 そういう風なところで、司法制度改革審議会が始まったのです。 ご存じの方が多いと思いますが、この審議会は13人の委員からなっております。 その中心的な存在である会長が憲法の権威者でいらっしゃる佐藤幸治先生です。 佐藤の憲法、憲法の佐藤ということで、法学部の方々がその憲法の本をよく読んでいるということを聞いております。その先生が会長で、あと12人が集まっていて、まるでキリストを囲んで12人の弟子が集まっているような雰囲気で始まったわけです。 専門家がこの憲法の先生と民事訴訟法と刑事訴訟法。この3人が学者として出ていらして、あとは実務家の裁判官、検察官、弁護士。このそれぞれの経験者ならびに経験している真っ只中の方たちが出てきて、これで6人です。 他の7人は、組合の代表、主婦連の消費者の方の代表、私立学校の方の代表の合計3名、あと経団連と日本商工会議所。 そうすると後2名残っているわけですが、その一人が曽野綾子さで作家ということで出ていらして、あと一人、私が法律を取り込む隣接科学の学識経験者ということで会計学から出て行ったという訳です。 ということは、個人の資格で出ている人が少ないのです。個人の資格なら自由な発言が出来るのですけれど、一番恐ろしいのは法曹三者と呼ばれている「裁判官」「検察官」「弁護士」の三人の喧嘩に近いような言い争いは、この二年間すごかったですね。 とにかく、このような形でやっと司法制度の改革が行われたのです。 つまり、『二十一世紀の日本を支える司法制度はどうあるべきか』ということを検討したということになります で、この司法制度改革の柱につきましてはレジュメに掲げさせていただきましたけれども、 一番目は『国民の期待に応える司法制度』つまり「今の司法というものはわかりにくい」「近寄り難い。だからもっとわかりやすく」ということを中心に、だから民事司法、刑事司法、それから国際化というようなことで考えて行こうと言うことです 二番目の「司法制度を支える法曹のあり方」というのは、ここでは弁護士をはじめてして法曹人口の数が非常に少ない。 例えばアメリカですと、弁護士だけで百万人もいるのですね。日本の場合は2万人ちょっとだとおもいます。そうするとアメリカでは百万人いる替わりに、弁護士として食べていけない弁護士が多くて、向こうでは「5時から弁護士」と言いまして、5時までは一般の仕事をして、5時から弁護士を名乗る人がいます。 百万人もいるとそういう形になっているということでした。 だからここでは法曹人口を日本の場合、如何に拡大していくのが、法科大学院というものを作って、この法曹人になるための教育を充実させていこうというようなことが取り上げられたわけです。 三番目に「国民的基盤の確立」ということで、国民の司法参加の問題が取り上げられました。 これが大きく分かれていまして「刑事訴訟手続きへの新大学参加制度の導入」という事と「国民的基盤の確立のため条件整備」です。 前半の「刑事訴訟制度への参加制度の導入」、これが国民が司法に積極的に参加していいきましょうということで所謂、今日の本題にさせて頂いております「裁判員制度」です。 これは裁判員になることを国民の義務にしようという形で考えられた制度であるということです。 つまり「裁判をもっと身近でわかりやすいものにする」それから「司法に対する国民の信頼を向上させる」、こういったことを目的にして国民の義務として裁判員制度というものを置くということでした。 司法制度感覚審議会の議事録というものは毎回名前入りで公表されておりまして、誰が何を発言したということがインターネットで取り込むことが出来ます。私も昨日インターネットで見てみましたら、自分の発言が載っていましたけれど、そのような形でわかりますので、申し上げても良いと思うのですが、私は正直申しまして裁判員制度については反対でした。 ところが弁護士代表の中坊さんが、すごくこの裁判員制度ということについて「積極的に取り入れるのは当然である。」とおっしゃっていまして、あと組合代表の方と主婦連代表のかたお二方も「裁判員制度というものは日本において入れなければならない。日本の国民がお上に頼っているような形であっては21世紀の司法制度はとんでもない方向に行ってしまう。今ここでそのことを改めておかなければならない。」というようなことをおっしゃったわけです。 私はそのときには理解出来なかったのですが、司法制度改革審議会は2年間の期限付きでしたので、それが終わってからこの裁判員制度とおうのが法曹人口の拡大、毎年3千人の司法試験合格者を増やすという法曹人口の拡大と裁判員制度は、一方は弁護士の方から裁判員制度が提唱され、方や法務省・最高裁判所からは法曹人口の拡大が提唱され、どうも取引だったのかと、今は理解しているのですが、何分にも法律の専門家ではありませんので、その辺のところは定かではありません。 だけれども、あんなに弁護士と検察官・裁判官とが対立していたところを見ると、やはり法曹人口3千人を受け入れるかわりに裁判員制度を導入するというような形だったのかな、と今は理解しております。 で、それでも裁判員制度を導入するということですけれども、昨年5月28日に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」というものが公布されまして、これで平成21年5月28日までに実施するということが決定されました。従いまして我々も、平成21年までの間にはこの裁判員制度が導入されるということを覚悟しておかなければならないのかなというふうに思っております。 ここで、裁判員制度に対してはレジュメの4頁にある資料Tの1が最高裁判所の資料からインターネットで取ったものです。 そうすると、裁判員制度の対象となる事件が一体幾つあるのかなぁ。平成15年現在の数でいきますと、裁判員制度の対象事件は大体、全体の3.9%というような形で出ています。 従いましてこれからどのような事件に裁判員制度が導入されるのか、等々についてお話することになりますけれども、大体全体の3.9%に裁判員が決定されることになるのだという様に理解できるということになります。 で、裁判員制度についましては、アメリカでは「陪審員制度」という形で呼ばれています。それからフランスでは「参審制度」という形で呼ばれております。 アメリカの陪審員制度ですと、先般マイケル・ジャクソンの事件がありまして「有罪になるのかな」と思っておりましたが、結局最終的に無罪ということになりましてね。あれでもわかりますように、何故無罪なのかということは陪審員制度におきましては明らかにしておりません。ただ無罪と言えばそれで終わりです。 それでは無罪で検察側が上告出来るかというともう出来ません。1回限りで終わりということになります。 従いましてもうあれで、マイケル・ジャクソンの方は起訴されることなく、これで裁判は終了したことになります。 では日本で裁判印制度が導入されるということなのですが、日本で歴史的に過去において、陪審制とか参審制というものがあったかどうかということですが、これは大正12年に陪審法が制定されまして、昭和3年から昭和18年まで陪審員制度が実際に行われております。だから日本においてもかつてはあったのです。 で、この16年間に484件の事件が陪審員制度のもとで審理されたのです。この時は、陪審員になることが出来る人が30歳以上のしかも男性で女性は駄目でした。 そして「税金」を3円以上2年間納付している」ということが条件となっていました。だから税金をちゃんと納めていて、30歳以上の男性だけが陪審員になることが出来ました。 で、裁判官一人、陪審員が12人で裁判を行っておりました。その13人のうち過半数の同意があれば表決が行われるということでした。 ただし、この陪審員の表決は絶対的なものではなくて、あくまでも裁判官が評決を行なう時の参考意見のような取扱がわが国における陪審制度であったということなのです。 それで対象事件は、やはり我々がこれから対応していくところの死刑とか無期刑という非常に重罪な事件について陪審員制度が行われていたということになります。これがかつて日本で行われていた陪審制度です。 ところが、この陪審員制度というにはあまり人気がなく、我が国の場合には定着しなかったわけです。 では外国において、アメリカは陪審員制度として非常に有名な国ですが、ヨーロッパではどうかということで、私は司法制度改革審議会の委員の時に海外調査を命ぜられ、別にそれほど行きたくなかったのですが、13人の委員が手分けして、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスの四カ国に行きました。 私はだいぶ前にイギリスに留学したことがあります。留学はまさに私の場合は学を留めるということでして、一年間、学と留めてきました。 お陰で私は今、献血を出来ない体になったようです。この間からテレビを見ていますと、この何年の間に半日以上いた人は献血出来ない。そこにピタツと入っているのです。 しかも一年間もいましたから、どうも献血が出来ない。あの時イギリスでテレビを見ていて、ヤギが立てない映像がうちっていたのですね。牛ではないヤギだったと記憶しています。いや羊だったかもしれません。羊やヤギの区別は角を見ればわかりますが、映像ではよくわかりませんでした。何かが立てない映像で、気持ち悪いなと思っていました。 で、言葉を聴いてもわかりませんでしたので、狂牛病であると知ったのは日本に帰ってからです。そういう時代にイギリスにいました。 また、イギリスで有名な料理に「キドニーパイといって動物の内臓で作ったパイがあります。半日いたら、内蔵を食べるだろうという感覚なのかなと思いました。 そこでイギリスにはあまり行きたくない。イギリスのロンドンにいる時にドイツにも遊びに行きました。遊びに行かなかった国の中にフランスがありました。そこで、これはやはり同じ行くならフランスに行こうと思いました。 フランスの司法制度改革では、勿論パリに行きます。もう一つすごい魅力があったのは、ボルドーへ行くことです。ボルドーと聞いただけでワクワクしますね。ものすごく美味しいワインが飲める気がして、フランスに行くことを決めました。 なぜ、ボルドーに行くかというと、ボルドーには法曹人養成の学校があるのです。日本でいえば、司法研修所といったものがボルドーにあるのです。もう一つ、ボルドーの裁判所は裁判所の形がワインの樽の形をしているのです。従いまして、非常に素敵なところでその魅力にひかれてフランスに行きました。 そこでフランスの参審制をパリで実際に見学するということで、重罪裁判所といって非常に重罪な事件を取り扱っている裁判所に行きまして、フランスの参審、この「参審という言葉はそれまで「三」つの「審」判と書くものとばかり思っていて、三審とは確か「地方裁判所」「高等裁判所」「最高裁判所」の三審だとばかり思っていたのですが、とんでもなくて、参加の「参」という字なのです。参加ということは、裁判官と一緒に国民が裁判を行うという意味での「参審」であっということです。 フランスの「参審制」を見に行きますと、裁判官が三人いましたけれど、裁判長という人はすごく格好の良いガウンを着ております。日本の場合には裁判官が三人いて、裁判長も同じ黒い法服を着ていますよね。だけどフランスの場合は格好の良い白い法服を裁判長は着ているのです。あとの二人は黒い法服を着ています。その裁判長を見ますと、まさにエルビス・プレスリーみたいに、白いガウンに赤でフサフサがいっぱい付いていてすごく格好いいのです。 そんな裁判長の下で、どのような形で参審制を行うのかということを見てきたわけです。 非常に残酷だなぁと思ったのは、まず予め選挙人名簿から法廷が開かれる時に、来る人の名簿が作成されているらしいのです。その名簿に従いまして何十人の人たちを裁判所に呼ぶわけです。 私が見ていた時にも、何十人かの人たちが法廷に呼ばれていました。そうして裁判が始まる前にその人たち呼んで、そこから裁判長がものすごく大きい壷らしきものを傍らに持って、そこに手を突っ込んでくじを引きます。その中には当日呼んだ人の名前が全部入っています。くじを引き出して、裁判長に名前を読み上げられると、最初に座っていた席から参審席に移動して行きます。異動していく間に、もしその人が駄目であったら検事側か弁護士側から「ノン」という言葉がかかるんです。するとその人は、そのままくるっと、きびすを返して帰っていくのです。 これを「忌避」と呼んでいますけれども、日本の場合もこの忌避の制度はあるようなので、同じような形で行われるのかなぁと思いました。次の人も同じようにして呼ばれます。席に着くまで何も言われない人が、その日の参審になります。同じことが繰り返し行われます。 見ていますと、「ノン」と言われる方は男性のお年寄りが多かったですね。理由は何もいわれないのです。理由は言わずに、駄目といわれた人は帰っていくのです。 今度の日本の場合は4人、4人、つまり検察官が4人忌避できる。弁護士の方も4人忌避できるという形になるそうです。けれどもそのような形でやっていきますと、たくさん呼んでいきますのでくじが余りますよね。余った人はもう呼ばれないので帰って頂く。 ここで9人の裁判員、裁判官の3人と一緒になって12人?が座るわけです。だから12人?の席があるわけですが、12人?が一列に並ぶともう混み込みの状態です。あと検察官・被告の席があって裁判が始まるというわけです。 フランスの場合、合議は三分の二以上の票で有罪か無罪が決まる。過半数ではなく三分の二です。マイケル・ジャクソン事件の場合の裁判を考えてみますと、12人全員が一致しなければ駄目なのですね。 以前にヘンリー・フォンダが演じた「怒れる十二人の男たち」という映画がありましたけれども、あそこでも一人がどうもこの人は罪を犯していないかもしれないというところから12人が全員そういうことか、と無罪になっていったという羊飼いの少年の話がありますけれども、そんな風な形で、陪審制、参審制では理由というものを示しません。 理由を示す国もありますが、多くの国では示していません。有罪か無罪かを決めていく形を取っています。 フランスの場合、裁判長の法服が立派だったと話しましたが、日本の場合裁判官3人は黒い法服で参加する形になります。それでそうなってくると、これは地方裁判所で行われますので、我が国の場合の地方裁判所は今まで裁判官3人の席がありましたて、よくテレビで事件のニュースがあり裁判官の席を写すと三人の席しかありません。 これからの制度の適用を考えまして、日本の場合は裁判員6人を入れますので、裁判官3人と裁判員6人の計9人の席を用意して、これに備えるということです。 私は東京地方裁判所で委員をしていますが、9人が裁判長を中心に裁判官が真ん中で、あと3人、3人という形で裁判員が座るということになります。 私も座ってきましたが、椅子は非常に座り心地が良かったのです。従って楽しみにして戴いていいのではないかと思います。 中央大学ではこんな椅子にはたぶん理事長かなにかにならなければ座れません。私は学部長をやりましたが、学部長の椅子は単なる布の椅子なんです。しかも掛けると、前に滑るようになっていて何時でも椅子から滑り落ちてもいいよ、というのが中央大学の学部長の椅子でした。そういう感じの椅子でなく革張りで立派な椅子でしたので、これはこれでいいのではないかと思っています。それで少し円形に作ってあって、端の人も皆が見られるようになっていて、うまく作っているなと思いました。 そういう形で各地方裁判所において、この裁判員制度が導入された時に、部屋をどうするかということで現在、改築というほどのことではないが、いろいろ直しているところです。 いろいろな事を申し上げましたが、中身の方に入っていくことにいたします。 1頁のレジュメの下の方に裁判委員制度の対象になる事件ということで、どういう事件について我々が参加することになるのかを挙げておきました。 まず@「殺人」、 それからA「強盗致死傷」これは怪我をさせたり死亡させた場合をいいます。 B「障害致死」これも怪我をさせたり死亡させたりです。 次がC「危険運転致死」これは今まで泥酔して危険な運転のことで、この間も泥酔して高校生をはねた事件も「危険運転致死」で捕まっています。 次に2頁目にいきまして、 D「現住建物等放火」で 6番目がE「身代金目的誘拐」 7番目がF「保護責任者遺棄致死」これは子供に食事を与えずに死亡させてしまうこと等が該当するわけです。 で、このような重罪事件に対して裁判員制度が導入されます。 ただ、「前記に該当する事件であっても、裁判員やその親族等に危害が加えられる恐れがあるような事件については、対象事件から除外される」ということです。そうすると、先程対称なる事件の数が39%位であると資料T−1を見ましたが、次に資料T−2を見ていただきたい。 ここで「裁判員制度の対象となる事件の字件数、現在の審理期間及び開廷回数」ですね。 我々が裁判員になる時に、あまり審理期間が長いのもいやですね。束縛されてしまいます。また、開廷回数が多いのも嫌ですね。そこでそれらが今までどうだったのだろうか? 平成15年もデータですけれど、全体を見ますと8ヶ月、そして平均開廷回数5.7回ということになっています。自白の場合が6.2ヶ月、4.1回となっています。 これから見ると、大体5回位という形に読めます。 次にT−3「開廷回数別終局事件数」で一番多いのは、3回の開廷数で749事件ということになります。これは平成15年のデータですから、これからの裁判員制度を導入する時には連日開廷ということが考えられています。 飛び飛びで仕事を休んでいくのは嫌ですよね。ですから続けて開廷するということを心掛けるという形になっています。 次に資料T−4をご覧になっていただきたいと思います。 ではどの程度の人が当たるかということです。何か心配ですよね。そんなに頻繁に当たると、宝くじは当たらないのにこちらだけ当たるということは、情けない気持ちになりますね。そこで東京のところをご覧になっていただきますと、事件数375件、裁判員は1件あたり6人ですから、2,250人が必要。候補者は1事件50人と仮定して18,750人、選挙権のある人が約1千万人います。従いまして割合でいくと。0.19%ということで、まぁ当たるかな?当たらないかな?という割合になっています。 これを見ますと一番当たりやすいのは0.2%が宇都宮、大津が0.22%、宮崎が0.24%、大阪が0.25%で意外に事件が多いですね。選挙人は7百万人位なのに事件数が2,076件もあるのですね。だから、裁判員になりたいと思う人はこの割合が多いところに異動すればいいですね。なりたくない人は一番割合の少ない秋田などは0.04%ですから住民票かえて移っていけば良いかもしれません。 で、裁判員の参加する会議体の構成はレジュメのVで、原則は裁判官が3人と裁判員6人の合計9人で裁判を行うことになります。ただし、以下の条件をすべて満たした場合は、裁判官が1人で裁判員が4人ということになります。以下の条件とは @ 公判前に公訴事実に争いがない A 当事者に異議がないこと B 裁判所が適当と認めること こういった条件が揃えば裁判官が1人、裁判員が4人の場合もあります。しかし、裁判員制度が導入されるのは重罪事件ですので、従って殺人事件など重要なことになると、やはり裁判官3人、裁判員6人という形で裁判が行われます。 そうなってきますと裁判員の行う仕事の内容ですよね。どのようなことをやればよいのか、ということを次の五つにまとめてあります。まずは 1 法廷に立ち会う。当然のことですね。裁判を行うのですから法廷に行かなければなりません。東京だったら、霞ヶ関の東京地方裁判所に行かなければならないことになります。 2 そして評議、表決を行う。評議とは、有罪か無罪かを明らかにする。表決とはどういう形で何年にするかということを決めることです。わが国の場合は多数決により決定する。多数決といっても裁判官が3人、裁判員が6人の9人ですから、5人が賛成しなくては多数決にならないですね。でも裁判員5人が賛成、裁判官3人が反対であるというときは成立しません。裁判官、裁判員のどちらかがひとり入っていなければ成立しないという規定があります。従って、裁判官1人と裁判員4人が有罪ということになれば成立ということになります。アメリカの陪審員制度のように全員一致ということは要求されておりませんので、マイケル・ジャクソン事件も最後の時はいろいろもめたみたで、なかなか決まりませんでしたね。ただ、死刑とかきめるのに多数決でよいにかなぁ、と私は思ってしまいますけれども、その辺のところは裁判官が裁判員にうまく説明してくれると思います。 3 それから判決を宣言する。ここまでが裁判員の仕事ということになります。そうなってきますと、裁判員に一体どういう義務が負わされているか、非常に気になるところですよね。そこで裁判員の義務、はじめは権利から書こうと思ったのですが、やはり国民ですから義務からいこうかと思います。 裁判員の義務、「公判期日に出頭する義務」、これはやはり裁判に出頭もしないと裁判を行えませんから行かなければなりません。 次に「公正な職務を遂行する義務」、一番大切なことは「守秘義務」です知り得たことは裁判が終わってもしゃべってはならないのです。 裁判員というのは秘密になっているのですが、第1回の裁判員になった人は日本のマスコミに追い掛け回さるのではないかと思うのですが、それをマスコミはやってはならないのです。また、裁判員であった人も「実はこういう事件なんだよ」ということを言ってはならないのです。 今の私のように司法制度改革審議会はこうしたよ、と言うようなことを裁判員の場合は言ってはならないのです。私は守秘義務を課されていないので、ベラベラしゃベっています。 次に「裁判員の権限」です。一体どういった権限があるか。裁判の場合、被疑者に対して質問することが出来ます。これが一つです。 それから有罪か無罪が、有罪の場合の刑罰を決定する事が出来ます。 それから最後に旅費、日当等を受け取ることが出来ます。 どうも国から一日いくらかわかりませんが、貰えるようです。その代わり仕事を休んで行かなければなりません。そうすると企業の方は、多分裁判員になったときには給料をその分カットするでしょうね。おそらく国から貰う方がすくないでしょう。と言うようなことは国民の義務として、納税の義務と同じように裁判員になる義務が加わってくるでしょう。 日本には兵役の義務はありませんので、裁判員になる義務ならまぁいいか、ということでやっていかなければならないと思います。 ただ、有罪か無罪かを決めるのは、私は非常に難しい場合があるのではないかと思っているのですが、私はなぜ会計の方に進んだのかということになると、やはり会計の方が気が楽かなと思ったのです。法律ですと、その人の命にかかわるようなこと、例えば刑法にしても、憲法にしても命に関わるようなことに関係するのかなと思っていました。 会計学というのは、その点そうならないのかと思ってやりましけれども、最近はそうでもなく、企業が倒産すると経営者が自殺するとか、従業員が自殺するというような事が出てきてしまいますので、どういう仕事に関わっても最終的には命に関わってしまうのかな、と最近は思っている次第です そういうことにあまり関わりたくないな、と思っていたと所に裁判員制度が誕生にてしまって、出来た以上は私も潔く、裁判員制度を広めるためにこうしてお話している、何か妙な感じですけれど、そういう形が民主主義の世の中なのかなと思っております。 次に五番目の「裁判員の選任の手続き」に移ります。 どうやって選ばれるのか、関心のあるところです。まず、「裁判員候補者名簿」というのが作成されます。この名簿は選挙権のある人の中から選ばれるのです。ですから選挙権の無い人は除かれます。 次にこの裁判員候補者名簿の中から、事件毎に裁判員の候補者を選任いたします。そして呼出状がきます。裁判所から呼出状がくると、ちょっと我々はドキッとしますが、この頃は慣れているでしょう。「あなたは裁判員になりましたので来てください。」という呼出状が来ます。そして裁判所に行ってみて、候補者から裁判員を選ぶための手続きがいろいろ行われます。 例えば、「被告人と親戚である。」こういう人は除かれます。「どうもこの人は不公平な裁判をする恐れがある」どうやって見るのでしょうね。だから公平な裁判を行わなければならないということです。それから「辞退の希望があるか」確認を求められます。 辞退の希望は後に出てきますので、それに該当すると裁判員のならなくてよいということです。それから検察官側と弁護士側から先程言いましてように除外されるべき人を指名出来る。従いまして忌避されると裁判員にはならない。 検察側から4人、弁護士側から4人、理由を示さずその人は辞めてもらいますというふうに言われてしまいます。これを言われるとショックですよね。例えば私が言われたとすると、何で言われた一生悩むかもしれません。でもまぁ、深く考えなでということになるわけです。そうして最終的に裁判員が選任されるという形になります。 そうすると、先程言いましたように選挙を有する者、これは衆議院議員の選挙権を有する者ですから20歳以上の者ということになります。ただし、20歳以上であっても次の者は裁判員になることは出来ません。資料U−7をご覧になってください。この資料Uは法務省のホームページからとったものです。そのU−7によると、原則として誰でもなることが出来ますが、次のような人は裁判員になることが出来ません。 一番目の欠格事由です。 @ 国家公務員になることが出来ない人。成年被後見人といった形で、国家公務員となることが出来ない人は裁判員になれません。 A 義務教育を終了していない人。ただし、終了していなくても終了した人と同等以上の学歴があれば、裁判員になることが出来ます。 B 禁固刑以上の刑に処せられた人。 C 心身の故障のため裁判員の職務遂行に著しい支障のある人。 これが欠格事由として決められていることです。 次に「就職禁止事由」として次のような職業にある人は裁判員になることが出来ません。 @ 国会議員、国務大臣、国の行政機関の幹部職員。(裁判員にならないで、もっとしっかりした仕事をしなさい。) A 司法関係者、裁判官、検察官、弁護士。(仕事としてやっている人だから裁判員になる必要はない) B 大学の法律学の教授、助教授。(ここに会計学を入れてくれれば嬉しかったのですが入っていません。法律学です。会計学は法律学ではありませんので私は禁止されていないのです。) C 都道府県の知事および市町村長。特別区も含む。(ああ、中野区長はなれません) D 自衛官。 E 禁固以上の刑に当たる罪につき、起訴されて裁判中の人。(裁判中なので、自分の裁判をやってもらいたい) F 逮捕または拘留されている人。(わざわざ出して裁判員なることもない。) ということで、こういう人達は最初から裁判員になることが出来ません。 それから「3・事件に関する不適格事由」として、先程言いましたよう @審理する事件の被告人または被害者本人、その親戚、同居人。こういう人達はなれません。 A審理する事件について、証人または鑑定人になった人、被告人の代理人、弁護士、検察官、司法警察職員として職務を行った人、全部なれません。 それから、「4、その他の不適格事由」として、裁判所が不公平な裁判をするおそれがあると認めた人。こういうような人たちは裁判員になれないということで、ここで書き方として、裁判員になることが出来る人、なることが出来ない人というふうになっていますね。免れることが出来る人とはなっていませんね。す書くとまずいですよね。 というようなことで、ここの裁判員になることが出来る中に当てはまってしまっても、辞退事由というのが認められています。これがまた、我々にとって関心のあるところです。 どういう場合に辞退することが出来るのか?これが資料U−8ということになります。 このQ7に「裁判員になることを辞退できますか?」「原則として辞退できません」と書いてあります。「ただし、次のような人は申し出をして、裁判所からそのような事情があると認められれば辞退することが出来ます」とあります。さて、どのようなひとでしょうか。 @ まず、年齢からいって70歳以上の人 A 地方公共団体の機会の議員。ただし、会期中に限ります。会期中でなければ辞退することは出来ません。(どんどん裁判員になってください。) B 学生または生徒。大学などに行っている人は勉強しなければならないので、辞退の申し出をすれば、辞退することが出来ます。だけど裁判員を希望すれば別です。 C 過去5年以内に裁判員、検察審査員等を務めたことのある人。この裁判制度というのは素人の感覚を裁判の中に持っていこうという事なので、近い過去において一度裁判員をやった人は免除しましょう。検察審査員は広く国民から集められているので、5年以内にやったことのある人は免除しましょうということです。 D過去1年以内に裁判員候補者として裁判所にいったことのある人。実際に裁判員になりませんでしたが候補者になりました。そんな度々呼ばれていたのではたまらない。ということで1年以内の場合には辞退することが出来るということです。 D 一定のやむを得なし理由があって、最場人の職務を行うことや裁判所に行くことが困難な人。例えば重い病気、怪我。思い病気とありますね。糖尿病等は駄目ですね。同居の親族の介護・養育があるので裁判員を辞退したいというのは認められます。 事業に著しい損害が生じる恐れがあること。これは難しいですね。 次に父母の葬式。これは当然でしょうが、この葬式を何処まで認めるか。子供の葬式勿論良いでしょうが、兄弟とか何親等まで認めるか問題になることはあるでしょう。 まだ細かいところまでつめていません。何分にも平成21年の5月までに開始すればよいという法律になっておりますから。そうしますと我々は、こういう辞退の理由に該当しなければ仕事を放り出して行かなければならないということになります。これは大変なことです。 その時に連日開廷といって、なるべくまとめて裁判をやりましょうという工夫がなされているようです。 刑事訴訟法の改正も行われますので、裁判員に負担がかからないような形を考えているということです。 司法制度改革でフランスに行ったとき、フランスに行った者はイギリスにもいかされましたが、そこで向こうはフランスは参審制、イギリスの陪審員制をとっているのですが、陪審員制の弁護士さんに聞くと、陪審員制をとっているということは、歴史的に見て当たり前のことなのです。 もう長年の間そういう形で参審制、陪審員制が行われてきたのです。 フランス革命が行われてから、陪審員制というのが導入されて、それが今の参審制という形に移ってきているわけです。 イギリスの場合にも陪審員制がずっと行われているということで、歴史的に見て、人々が裁判に関与するということに、非常になれているわけです。 ところが、そこでも言っておりましたが、陪審員制を選択すると裁判官による裁判よりも罪が軽くなる可能性がある。イギリスでは、被疑者がどちらにするかを選ぶことができますから、もし、罪を軽くしたいなと思うのだったら陪審員制を選択する場合が多いということでした。 だから、裁判員になった時にやはり「有罪」ということは言いにくいのではなか。自分が「有罪」といったことによって、ある人が死刑になるとか、ある人が無期懲役になるとか、そういうようなことは、なかなか言いにくい部分がありますよね。 でも、それを言わなければならないということは、一大決心がいる。しかもそれを被告人の前で言わなければならない。 日本の場合には、誰が何を言ったのか、わからないようにすると言っているが、それでも裁判員がまとまって議論する時には、はっきりと自分の意見が言えなければならないということで、これは国民にとって大変な制度なのだろうなというふうに思っています。 私が何故「裁判員制度」それほど賛成できないかというと、やはり「餅屋は餅屋」というところがあるのではないかな、と思ったことが一つ、二つ目は国民の義務というのをあまり課したくないとの気持ちがあります。 「納税の義務」がある。「親を扶養する義務」もある。というようなことで「義務」が増えていくと、動きにくい世の中になるのではないかな、ということが一つ。 三つ目は、日本の場合、ある人が言った意見に私自身そうですが、動かされやすい。 例えば中央大学で学長がこういうふうに言う。私は副学長ですから、やはり学長に従わなければならない。別に不満があって言っているのではありません。一般論として言っているのです。 そういうふうに、例えば理事長がこういうふうにやりたいと言う。そうするとやはり大学の構成員としては、ちょっとどうかな、と思うことはあっても、じゃあやりましょうか、と言ってしまう部分があるんです。 そういう部分を取り除かないと、この裁判員制度はうまく機能しないのではないかなと思っております。だから、裁判員制度にあまり賛成ではありませんでした。 でも、もしやるのなら私は陪審員制より参審制の方がよいと思っているのです。と言うのは、陪審員制度は有罪か無罪かだけを言うのです。量刑については何も言わない。 ところが参審制の場合には、有罪か無罪かの評議と死刑にするか、懲役何年にするか、そこまで言うのです。そして、それを言った以上、裁判官も一緒になって決めていく。それが参審制です。 わが国の裁判員制度が出たときに、最高裁、法務省がはじめて出してきたのが、裁判員が言ったことに裁判官は束縛されない形でと言ってきたのです。それですと、「人を馬鹿にするな。仕事まで休んで行っているのに参考意見にしかすぎないのか」というのはマズイというので、裁判に制度を入れるということになりますと、今のような参審制、日本の場合は参審に近い形になっておりますから、そういう形でやっていく。 そうすると国民がやはり司法というものに近づいたなぁという意識を持つでしょうし、裁判官も今までのように、わかりにくい判決ではなくて、もっとわかりやすい形で説明が行われることとなるだろう。ということで我が国も、外国諸国で陪審、参審といういろいろな制度が行われているのに一歩近づいていくという形になっていくのかな。 ただ、これがうまくいくか、いかないかは、我々国民の側がどういう形で裁判員を努めることが出来るか、ということにかかっているのだろうというふうに思っております。 従いまして、皆さん方は是非、確固たる信念を持って裁判員になって頂きたい。私は自信がありませんと言っておきながら情けないのですが、皆さん方はきちんとして裁判員になって頂きたい。これだけの方々がいらっしゃれば、一人くらい最初に当たる方がおられると思います。是非頑張って頂きたい。 裁判員制度については取り留めのない話でしたけれど、まあ素人がはなしているのだということで、お許しを頂きたいと思います。 私は今日の講演会が無料で非常に良かったなと喜んでいる次第です。どうもありがとうございました。 (終了) |